JR東日本が9月13日に行った、宮城県での自動運転バス試乗会。公開されたバスは最大時速60kmで専用道を自動運転した。今後数年をめどに、バス専用道での運転支援などの形で実用化を目指すとしている。
傘下にバス会社も持つとはいえ、鉄道会社のJR東日本がなぜバスの自動運転に取り組むのか。実証実験の全体像を振り返りつつ、JR東日本の狙いを説明する。
技術実証の舞台は、バスによる大量輸送システム「BRT」(バス・ラピッド・トランジット)を導入した宮城県・気仙沼線BRTの南端に当たる、柳津駅〜陸前横山駅の一区間(片道約4.8km)だ。この区間では東日本大震災で被災した鉄道路線をBRTに置き換えて運行している。
自動運転バスの試乗時、運転手は運転席に座るものの、ハンドルには全く触らない。バスは狭い専用道を徐行で進み始め、最高時速60kmまで加速した。途中に障害物が現れると、100mほど手前から減速し、ぶつからないように停止。停留所では段差がつけられたホームとの幅を詰めるように、白線の上にピタリと停車してみせた。
自動車における自動運転技術は、2030年前後の実用化を目指して世界中の自動車関連メーカーやスタートアップ企業が開発競争を進めている。しかし、「完全自動運転」とも呼ばれる無人で運行し、公道も走行可能な自動運転には技術的にも法的にも乗り越えるべき障害が多く、実用化には時間がかかるとみられている。
一方で、JR東日本が開発を進めるバス専用道での自動運転は、完全な自動運転の前段階ともいえる技術で、完全自動運転よりも早い段階での実用化が見込まれる。
気仙沼線BRTでの自動運転では、原則としてバス専用道を活用し、運行プログラムは自動車の制御コンピュータに内蔵される。運行制御は鉄道のような信号システムを使い、対向バスとの間で運行制御を行う。
車両の位置検知には路面上に埋め込んだ磁気マーカーを活用する。これは磁気で位置を伝える器具で、バスの床下に備えた磁気センサーが情報を読み取り、現在の位置を判断する。
この方式の長所は、あらかじめ走行データを車両に内蔵することにより、比較的狭い道でも高速に走行可能なこと。そして衛星経由での位置情報取得ではないため、雨天などでも安定して走行ができる点にある。道幅が狭いBRT専用道において、路線バス型の車両で実現可能な最高速度といえる時速60kmでの自動運転を可能としている。
JR東日本がバスの自動運転技術を実証する意義のうち、一番に挙げられるのは、将来的な人手不足への対応だ。
人口減少が続く中で、鉄道やバスの運転士は人材難が深刻化している。自動運転技術の導入によって、まずは運転士の負担を軽減し、最終的には省人化を図る意義は大きい。JR東日本では、鉄道車両の運行についても一部で完全自動制御技術の開発を進めており、将来的には一部の線区で運転士が搭乗しない自動運行の導入を目指している。
気仙沼線のBRTの場合、自動運転における車両制御技術自体は自動車向けのものを使うことになるが、路線の大部分で専用道が整備されているため、専用道の範囲においては鉄道に近い形態で運行を管理することもできるだろう。
自動車の自動運転には「自動運転レベル」という概念があり、自動運転の形態に応じて6段階が定義されている。2021年時点で販売されている多くの自動運転車は、ドライバーが主体的に運転し、自動運転システムが運転支援を行う「レベル2」の段階にあるが、数年以内には特定の条件下で完全な自動運転が可能となる「レベル3」への対応が増えてくるものと予想される。
JR東日本では、気仙沼線BRTにレベル3の自動運転技術を導入することを目指し、開発を継続していく方針だ。
ただし、これまでに技術実証を行っているシステムをそのまま導入するという形にはならないだろう。あくまで実証段階のため、車両にはさまざまな要素技術が盛り込まれており、中には機能が重複するものもあるからだ。
気仙沼線BRTへの自動運転システムの展開には地域貢献という側面もある。気仙沼線はもともと鉄道路線として営業していたが、東日本大震災により壊滅的な被害を受けた路線だ。
新たに線路を引き直すことなく、バスによる高速輸送システムとして復旧。その後、正式にBRTの路線としての免許を取得し、新しい交通システムへと転換を果たした。
JR東日本で新規事業を担当する浦壁俊光執行役員は、自動運転バスの導入について「被災により新たな交通モードを選んでいただいた地域のためにも、そのサービスをより良いものにしていきたい。もし、全国で唯一の時速60kmの自動運転システムとして実用化できれば、気仙沼線BRTにより愛着をもってご利用いただけるのではないか」とコメントした。
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