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映像スイッチャーがクラウド化に進む 激変する「ライブのおしごと」小寺信良のIT大作戦(1/3 ページ)

» 2021年11月29日 12時24分 公開
[小寺信良ITmedia]

 この動きを初めて見つけたのは、2017年に中国・北京で開催された映像機器展「BIRTV」を取材したときだっただろう。当時JVCの取材をしていた中で、カメラのライブ映像を直接クラウドにストリーミングで上げるというソリューションに出会った。その応用例として、奥点云というクラウドサービスプロバイダーが、ストリームされた複数の映像をクラウド上でスイッチングして配信していた。

photo 中国では2017年の段階でクラウドスイッチャーの運用実績があった

 つまり、どうせクラウド上に映像ストリームが集まるなら、そこに仮想スイッチャーを設定して、そこで映像切替をやって配信までやってしまおうということである。当時画質はQVGA程度しかなく、クオリティーはお世辞にもいいとはいえなかったが、その先進性に舌を巻いた。

 いつかはそれが一般的になる時代が来るだろうとは予想したが、クオリティーや人の意識改革など、条件が整うまでにはまだまだ掛かるだろうと思っていた。

 ところが11月17日から19日までの3日間、2年ぶりのリアル開催となった「Inter BEE 2021」を取材したら、なんと主要スイッチャーメーカーは、ことごとくスイッチャーをクラウド上で動かしていた。まる2年取材できない間に、スイッチャーはクラウド上で動くソフトウェアになっていた。

photo 11月17日から19日まで開催されたInter BEE 2021

IPが信じられない人たち

 ネットのライブ配信が一般的な行為になるにつれ、「スイッチャー」というハードウェアがいつの間にか普通の人にも理解できるものへと変貌した。多くの人はローランドやBlackMagic Dsignのスイッチャーの話を聞いたり、あるいは実際に使ったりした人もあるかもしれない。

 ソフトウェアで映像切替というと、「OBS 」があるじゃないかと思われるかもしれない。確かにこれまで現実に線をつないで信号処理することがメインだったハードウェアのスイッチャーに対して、PC内に取り込まれたストリームデータを処理するという点では、これもスイッチャーだといえる。

 一方で筆者の驚きは、順を追って話をしないとご理解いただけないかと思う。かつて映像業界では、2013年頃に4K放送のロードマップが見えてきたあたりで、これまで使用していた映像伝送規格「HD-SDI」では4本束ねて使わないと4K映像が伝送できないということがネックになっていった。つまりケーブルが従来の4倍必要になるわけである。

 これは特に、4K中継車で問題になった。ケーブルの重量で、車の積載重量を超えてしまうからだ。そこで4K映像をIPに変換して、ネットワークケーブルで伝送するということになった。これだと1本で済むほか、映像の分配などもネットワークハブでできるようになるので、コストダウンにつながるというわけである。

 4K以降、映像伝送のIP化は避けられないと思われたが、BlackMagic DesignがSDIケーブルで4K映像を伝送できる12G SDIを開発、これも国際規格の仲間入りを果たした。つまり、伝送はどれでもいいということになった。

 世界はコスト面や将来性で優れるIP伝送に舵を切ったが、日本はIP化するとセキュリティ的にどうのこうの、という煮え切らない話になり、12G SDIを選択するところが大半だった。要するにテレビマンは、デジタル信号は分かるけどネットワークはどこに何が行くか分からないから責任持てない、という話だったんである。これが2017年ぐらいまでの話だ。

 その後は12G SDIを基本にしながら、IPのいいところだけ使おうという流れにはなった。ケーブルによる長距離伝送などはIPのほうが優れており、また専用線などを使ったさらなる長距離伝送となると、IPでやるしかない。そんな具合にワンポイントリリーフ的にIP伝送が使われていった。

 またリアルタイムではなく、映像ファイルをやりとりする際には、クラウドサービスも使われるようになっていった。一方で重要な納品などは、各局のサーバに直接アップロードという方法だった。

 オンプレミス、すなわち自社運用サーバじゃないと信用できないという、パブリッククラウドに対する根強い不信感があった。ただそれも、確固たる根拠があったわけではない。要するに「外に出ると危ない」という話であり、年頃の娘を持つ過保護の父親みたいな、危なくない保証がないなら危ない的な話である。これが2019年頃の話である。

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