クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

ランクル14年振りの刷新 「ランクルじゃなきゃダメなんだ」世界で評価される理由池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/4 ページ)

» 2021年06月14日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 6月10日深夜2時30分。新型ランドクルーザー(ランクル)のワールドプレミアが配信された。その発表はたぶん世界的に見てちょっとしたお祭りであった。

 しかしながら、あなたのご町内とか、マンションの駐車場におそらくランクルはいない。ランクルは日本の普通のユーザーにとっては決して身近なクルマではないからだ。何となく「その走破性がスゴいらしい」くらいのことは聞いたことがあるかもしれないが、舗装がしっかり整備された都市部で暮らしている人にとって、やはり大きく重く、燃費も悪いクルマで、しかも価格も高い。よっぽどの趣味人でない限り選択肢に入らない。

 ランクルというクルマは、それを使う地域と使わない地域でとんでもなく評価が違うクルマだ。

信頼性という価値

 30年以上前、自動車系出版社に入りたての頃に筆者はそれをすり込まれた。「池田なぁ、村もオアシスもない巨大な沙漠をクルマで命懸けの横断をするとして、レンジローバーとランドクルーザーがあったらどっちを選ぶ?」。そう聞かれてハタと思ったのだ。

 確かにそれだったらランクルを選ぶだろう。ただ当時のレンジローバーはローバーの名エンジニア「スペン・キング」の手になる初代モデルで、群を抜いた悪路走破性に加えて神々しいオーラを放っていたし、英国ジェントルメンのライフスタイルを象徴するクルマとして喧伝(けんでん)されていた。

 いわく、英国流のカントリーライフを楽しむジェントルメンは、成功の証(あかし)として、荘園のような郊外の邸宅(マナーハウス)と農園を手に入れて農耕生活を送ることが嗜(たしな)みであり、時折ロンドンはコヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスに観劇に行く時に乗るのがレンジローバーであるといわれていた。

 もっとも当のスペンキングは、いやあれは農地で使うクルマだと断言しており、どうやらオペラ云々は欧州かぶれのバブル文化真っ最中の日本で作られたお話らしいのだが。

 さてそんなわけで、まだ20代の筆者にはそれが与太話であることなど知る由もなく、ランクルとレンジローバーがカローラとロールスロイスのように見えていたわけだ。それをひっくり返したのが沙漠の横断話だ。

 もっとスゴい話もある。1986年、アフリカ大陸中央部のチャドで起きた内戦のうち特定の時期を雑誌「タイム」は「トヨタ戦争」と名付けた。

 リビアとの国境付近で起きた武力衝突で、反政府軍を応援するカダフィー率いるリビアはチャド併呑(へいどん)の目論見を成就すべく、チャド正規軍の殲滅(せんめつ)を狙って虎の子の戦車旅団を派遣した。まあ実態は崩壊間近の旧ソ連製のT-54、T-55戦車の中古で、整備不良のひどい代物だったとはいわれているが、その数実に300両。

 普通に考えてチャド正規軍に勝機はない。それをひっくり返したのがランクルやハイラックスなどに機銃とロケットラウンチャーを備えた急造部隊400台だった。結果的にカダフィーは自慢の戦車部隊に大損害を受け撤退した。

 チャド正規軍は、ランクルとハイラックスの圧倒的な機動性を生かして、戦車に対してヒットアンドウェイ攻撃を繰り返して走り去って行く。その後ろ姿に描かれた「TOYOTA」の文字がタイムのカメラマンによって象徴的に報道され、世界の人々を驚愕(きょうがく)させたわけだ。

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