TQM(総合的品質管理)の実践は、DX推進効果もあるのではないでしょうか。2019年にデミング賞大賞を受賞したトヨタ自動車九州のTQMの取組事例を例に、考察してみましょう。
経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」を発表するに当たっての議論をまとめた報告書*1では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の実践手法の1つとして「GQM+Strategies」が紹介されています。GQM+Strategiesとその参考書籍を基に筆者なりの考察したところ、「目的達成の手法であるGQMと、品質管理をコアにした経営管理手法であるTQM(Total Quality Management:総合的品質管理)は関連しているのではないか」と思い至りました。その詳細は本連載の「推薦図書から考えるDXの進め方」で紹介した通りです。
その後、筆者の中で「TQMはDXに効果があるのではないか」という考えが強くなりました。そこで今回は、この両者の関係性についての考察を紹介します。
*1 経済産業省が「DXレポート2(中間取りまとめ)」と同時に2020年12月28日に発表した「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 ワーキンググループ1 報告書(全体報告書)」を指す。
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河・ヒューレット・パッカード(現日本ヒューレット・パッカード)入社後、横浜支社でセールスエンジニアからITキャリアをスタートさせ、その後、HPタイランドオフィス立ち上げメンバーとして米国本社出向の形で参画。その後、シンガポールにある米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のマーケティングダイレクター歴任。日本ヒューレット・パッカードに戻り、ビジネスPC事業本部長、マーケティング統括本部長など、約20年間、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わる。全世界の法人から200人選抜される幹部養成コースに参加。
2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ、世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。
2020年定年退職後、独立。現在は、会社代表、社団法人代表理事、企業顧問、大学・ビジネススクールでの講師などに従事。著書『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の他、経済紙、ニュースサイト、IT系メディアで、デジタルトランスフォーメーション、ひとり情シス関連記事の連載多数。
・Twitter: 清水 博(情報産業)@Shimizu1manITDX
・Facebook:Dx動向調査&ひとり情シス
TQMは、簡単にいうと、全社的な品質管理の取り組みを経営戦略に適用したもの。日本科学技術連盟(日科技連)の解説による*2と、効率的に製品・サービスの品質を維持・向上するため、プロセスや関連業務、組織や人材の管理など、生産に関わる一連の企業活動の品質維持・向上に全社的・全部門的に取り組むという手法を指します。
TQMの源流であるQCは、かつて戦後日本のものづくりの品質レベルを向上させるため、統計的なアプローチを取り入れた品質管理手法として製造業を中心に適用されました。これが各企業の現場で発展し、日本の組織風土にあった活動として実施されたのが「QCサークル活動(小集団規模での改善活動)」や「カイゼン」です。
その後、これらの活動に「顧客に満足される品質の製品を作るには、全社的な取り組みが必要」という考え方が適用され、全社的な取り組みとしたものがTQC(Total Quality Control:全社的品質管理)です。それまでのQCにおける科学的な考え方、手法、方法論は製造・品質管理以外の分野でも有効なものが多かったため、さまざまな部門に広がりました。
そして現在では、その活動の広さから「管理」という限定的な表現から「マネジメント(Management)」という普遍的に使える表現に改められ、TQMとして紹介されているということです。
*2 日本科学技術連盟のWebサイト内「TQM・品質管理」の解説を参考。
QCなどの経営管理技術の振興事業を展開している日科技連は、品質管理の普及・推進を目的に、1950年に米国の統計学者のW・エドワーズ・デミングを招聘し、統計的プロセス制御と品質管理についての講義を実施しました。日科技連では、この講義が「揺籃期にあったわが国の品質管理の成長に大きな影響を与えた」とし、1951年にデミング賞を創設、TQMの進歩に功績のあった民間団体や個人に授与しています。
日科技連は、企業のTQM導入・推進を支援するため、教育・セミナーや、品質管理検定(QC検定)などの資格認定制度を設ける他、「TQM活動・品質マネジメント活動 ステージアップガイド」というTQM導入・推進のガイドラインを無料公開しています。
その中で、筆者が注目したのは、直近の「デミング賞大賞」の受賞企業です。デミング賞には、個人またはグループを表彰する「デミング賞本賞」「デミング賞普及・推進功労賞」と、企業・組織を表彰する「デミング賞」「デミング賞大賞」の4種類があり、デミング賞大賞は、過去にデミング賞かデミング賞大賞を受賞し、そのレベルを3年以上にわたって維持・向上してきた企業に授与されます。
調べてみると、直近では2019年に、トヨタ自動車九州がデミング賞大賞を受賞していました。受賞の軌跡とし『TQM推進によるビジョン経営の実践: デミング賞・同大賞への挑戦を通じたレクサス工場の進化』(米岡俊郎著 、日科技連出版社刊)という書籍が出版されています。
そこで、筆者はこの本を入手し、一気に読破しました。その結果、ますますTQMとDXとの関係性を強く感じ、とても感動しました。
同書には、トヨタ自動車九州がデミング賞に挑戦するまでに実践したTQM施策とその浸透、ビジョン形成、方針管理、組織能力向上、小集団活動の活性化、スマート工場を見据えた人財育成などのストーリーがつづられています。その中では現在「DX推進の障壁になる」といわれる要素が解決されていることが分かりました。
ハイブランドがそろう高級車ゾーンで戦うために新規進出の北米の地での工場を立ち上げたことをはじめ、日本人のみならず現地従業員を含めたTQMを実践し、九州で培った品質確保のノウハウのカナダの現地従業員に展開、市場からのフィードバックを大切にしながら最高級の品質に進化させる過程、さらに、九州での地域貢献や近隣の大学とのデジタル人材の育成など、数々の取り組みが進んでいます。いずれも難易度が高いチャレンジングな内容に見受けられますが、同社の企業価値を上げる有意義な活動であり、高い成果を得ています。
そして、これらのTQMの実践施策の一つの要素として、「タックル活動(TACKLE:Team Activity for Continuous KAIZEN Lively and Effectively)」が紹介されています。このタックル活動は、「いきいき」と「成果」の出る「絶え間ない改善」を行う「チーム活動」のこと、とされています。いわゆるQCサークル活動で、TQMの活用を支える風土づくりの部分を技術面から支えるものと言えるでしょう。
それにしても、本書に書かれているような徹底した改善活動を続けるとなると、もはや改善の域を超えた「創造性開発」の領域のように思えます。「TQMは改善にすぎず、創造性はない」と否定する向きもありますが、そう簡単ではないはずです。
筆者自身が35年ぐらい前にTQM活動に参加したときは、「セールスのリードタイムを10%短くする」「受注までのプロセスの営業系管理コストを15%下げる」などの課題について、小集団活動でアイデアを討議しました。考えをまとめ、発表するのには本当に苦労した覚えがあります。
営業系業務のある会社では、現在でも同様の活動があることでしょう。皆さんは先に挙げたそれぞれのテーマについて具現性のある改善アイデアを3つ考え、メンバーの前で説得力のある説明ができるでしょうか? 簡単なことではないはずです。
しかし、トヨタ自動車九州のタックル活動では、こうした改善を永続的に実践し、しかも楽しみながら、いきいきと働きながら成果を出しました。TQMに少し携わった者からみると、ファンタジーかと思えるくらい素晴らしい話です。同時にトヨタ自動車九州の優れた企業文化を感じました。
現在の自動車は、電子制御化が進み、“走るコンピュータ”や“走るソフトウェア”などと表現されています。搭載されるECU(電子制御ユニット)は、大衆車で数十個、高級車では100個以上にものぼります。自動運転や自律制御などの実装も進むことから、搭載される電子機器の数は年々増加傾向にあります。今や電子部品のサプライチェーンに問題が生じると世界中の自動車の出荷スケジュールに混乱が生じるほどです。
そのような自動車を作り出す工場は、さぞやデジタル技術に包まれた環境であるに違いないと思っていましたが、197ページある同書の中に「デジタル」の言葉が出てきたのは、2カ所のみでした。しかも、「IoTやAIなどのデジタル技術の革新に伴い、それらを活用したソリューションニーズの増加や夢のある3Cエ場の中のスマート工場を実現するため」「進化するITやデジタルツールを活用し、活動範囲の拡大と強化に努めた」といった記述にとどまっていました。
それにもかかわらず、世界最高品質を追求したプレミアムカーといわれる「レクサス」の装備や、トヨタ自動車九州に関連する多くの文献からは、デジタル仮想空間の技術探求やビッグデータ解析、機械学習、自律型CAM(コンピュータ支援による製造)環境、データアナリシスなど、ありとあらゆるIT/デジタル活用に取り組む姿が確認できました。グローバル企業として、世界トップレベルのIT/デジタル技術が利用されていることが想像されます。
今回紹介した書籍は、テーマがTQMなので、あえてIT/デジタル系に触れていないという可能性も考えましたが、「デジタルツールを活用」といったことがらは、もしかすると当たり前過ぎて言及する必要すら無かったのかもしれません。
一般的なTQMの流れは、「データを集計分析して改善する」というものです。しかし多くの文献を読んでみると、バブル景気崩壊後の1990年代初頭トヨタ自動車九州の活動は、「読み取れないファクト」への想像力の研さん、民主的な多数意見ではなく「少人数による熱狂的なもののデザイン決定」、販売店の不満点を聞くミーティング、ブランドを担う人づくり、GM(ジェネラルマネジメント)候補の養成、そして「この車に乗ってくれる人たちのために作るんだ」という気持ちなど、デジタルでは割り切れないアナログの強さを示すエピソードが多いことに驚きます。
これらのことから考えると、トヨタ自動車九州のTQM活動では、アナログの強さを向上させるためにデジタルツールを使いこなしていることが想像できます。デジタルを縦横無尽に駆使するGAFAなどのテック系のリーディングカンパニーも、もしかすると同じ発想と仕組みで新規市場を創り出しているのかもしれません。
多くの企業はバブル景気崩壊後の1990年代初頭にTQM活動から離れていったといわれています。「定時後のカイゼン活動に疲弊した」「カイゼン主体で創意工夫がない」「TQCと売上は関係しない」などの否定的な意見もありました。
しかし今になって、TQMを実施していないことが昨今発生する企業不祥事の原因であり、製品品質やサービス品質低下などの問題を引き起こしていると指摘する知識人も少なくありません。
日本でTQM活動が高度経済成長を支えていた1970年代から1980年代、米国経済は低迷していました。そこで1983年、レーガン政権は当時のHewlett Packardの社長だったジョン・ヤング氏を委員長とする「産業競争力に関する大統領諮問委員会」(President's Connission on Industrial Competitiveness)を組織。同委員会は1985年に、通称「ヤング・レポート」と呼ばれる米国の産業競争力に関する提言報告書を発表しました。
その中で「米国は日本企業から学ぶことで、品質改善や技術のイノベーションを進めるべきだ」と米国の競争力の強化について提言し、これを受けて米国政府も動きました。これをきっかけとした米国の技術の復権が現在のGAFA隆盛の潮流にまでつながっていると言われます。
日本ではTQMが始まって50年以上たち、もう二回りも三回りもしています。先達の負の遺産も継承できているので、失敗を繰り返しにくくなっている面もあると思います。
トヨタ自動車九州でTQMが経営全体にどれほど影響を与えているのは定かではありませんが、トップレベルでTQMを実施し続けているのは事実でしょう。
これからTQMの導入を考えている企業は、まずはTQMの概要を学ぶことをお勧めします。企業文化の見直しや、デジタルとアナログのコントラストの明確化、過去から現在までに適用されたカイゼン活動などから学んだことなどが、DXへのヒントになる可能性もあります。TQMの全社導入などを検討するのは、その後でいいのではないかと思います。
参考資料:
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