ITmedia NEWS > 社会とIT >

「GIGAスクール構想前倒し」で教育はコロナと戦えるか

» 2021年02月25日 08時43分 公開
[小寺信良ITmedia]

 2019年12月に文部科学省が打ち出したGIGAスクール構想の目的は、小中学生に対して「多様な子供たちを誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学びの実現」にある。その土台として、教育現場へICTを基盤とした先端技術を大胆に導入することとなっている。

この記事について

この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2021年2月22日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから

 まず短期的な目標としては、

  1. 校内へのインターネット環境導入
  2. 学習者1人1台の学習端末導入

の2つだ。

 そしてこれらを活用するための仕掛けとして、「学習ツールと校務のクラウド化」があり、学習内容もプログラミング学習や動画活用の促進といった変化が期待されるところだ。

 1については、全国レベルでいえばすでにネット導入済みの小中学校は少なくない。ただ、これまでは先生が使えればよいということで、回線スピードがそれほど速くなかった。しかしGIGAスクール構想では、生徒一人一人が個別にインターネットへアクセスし、動画コンテンツで学ぶ。従ってほとんどの小中学校では、新規に高速回線を導入する必要がある。

 2の学習者端末については、文科省が標準仕様書を公開している。具体的には、Windows 10 Pro相当搭載PC、Chromebook、iPadの3つから、各自治体が教育目的に応じて選択する。

 このGIGAスクール構想は、当初5カ年計画で進める予定だった。しかしご承ちの通り、2020年初頭から新型コロナウイルスの影響で学校が一斉休校となり、学習がストップしてしまった地域もあった。そこで、今後いつ何時一斉休校となるかもしれない状況を踏まえ、GIGAスクール構想の実現は2020年度内へと前倒しされた。実際に令和元年度補正予算と2年度補正予算に、端末整備等にかかわる予算が計上されたところである。

 コロナ禍が起こる前まで、GIGAスクール構想の目玉は「プログラミング学習」であった。しかし2020年初頭の一斉休校を受けて、経済産業省が同3月に「学びを止めない未来の教室」プロジェクトを始動させたこともきっかけとなり、GIGAスクール構想にはいつでもリモート学習に切り替えられる環境を実現するといった役割が強く期待されるようになった。

photo 学びを止めない未来の教室

リモート授業、ハードとソフトの課題

 とはいえ、実際に端末を配布したからといって、リモート授業が実現できるかどうかは別問題だ。ハード面、ソフト面での課題が山積しており、なかなか保護者の期待通りにはいかないようである。

 まずハード面としては、配布する学習者端末の持ち帰り問題がある。自宅学習でも使えるように、持ち帰るのが当然という考え方がある一方で、管理面からすれば、自宅で目的外の仕様で何らかのトラブル、例えばSNSで大暴れしたとか裸の画像を投稿したといった「原因」になるのは避けたい。各家庭でのネットにつながった状態で、目的外利用する気満々の子どもたちを相手にどうやって管理していくか。保護者のスキルにはあまり期待できない中で、「持ち帰らせない」と判断する自治体も出てくるだろう。

 ハード面は技術があれば解決する問題だが、ソフト面の解決は難しい。小学生相手に、各自宅からのリモートで授業ができるかといえば、まず無理であろう。授業中に画面からいなくなっても、誰も止める人がいないのである。

 ましては小学校低学年の授業では、じっと45分間座らせておくだけでも難しい。手足を使ったり外に観察に行ったりして、なんとか学習への興味をつなぎとめているのが現状だ。そうした方法がとれないリモート学習では、よほどやり方を考えないと実施するのは難しい。

 では年齢が上がればリモート授業は成立するかといえば、これは学びの種類による。大学生の場合、外国語の授業であれば、少人数でグループ化することで話す機会が頻繁に回ってきて効率が良かったという話もある。

 その一方で、研究や芸術といった分野では、他の学生の意見を聞く機会もなく、一人で黙々と続けていて、これでいいのだろうかという悩みが大きくなるといった意見も聞かれるところである。たしかに他の人の制作や研究プロセスが見られないとなると、学校で学べるものの半分以上を失っているようなものであろう。

 比較的記憶に新しいところでは、新1年生孤立問題がある。入学式もなく授業も全てリモートでは、友達が誰もできず孤独のままに半年が過ぎ、大学に行く目的を失って退学してしまう学生も出てきている。

 教育系の大学では、現在教育実習も中止されている。したがって現場を一度も知らないままで、この4月から新任教師として学校に配属される人たちがかなりの数に上る。

一周回って本来の目標に

 もっとも、今後緊急事態宣言が出されたとしても、小中学校が休校になる可能性はかなり低くなった。2020年春の緊急事態宣言では、学校もGW明けまで休校になったところも多かったが、その後の経過をみると、小中学校でクラスターが発生した例は少ない。発生したのは主に教職員である。

 文部科学省が公開した「学校における新型コロナウイルス感染症 に関する衛生管理マニュアル」によれば、学校内で感染した例は、小学生6%、中学生10%で、高校生になると24%となる。

  • 「学校における新型コロナウイルス感染症 に関する衛生管理マニュアル」(PDFへのリンク

 一方で家庭内感染を見ると、小学生73%、中学生53%、高校生63%と、むしろ家庭にいるほうが感染率が高い。緊急事態宣言下で感染率が高まっている中、小中学生を保護者とともに家庭内に閉じ込めておくのは、かえってリスクが高いんじゃないか、ということになってきている。

 その点から考えれば、ソフト的にリモート学習が難しい小中学生は無理に実施する必然性は薄く、高校生〜大学生ぐらいで実施可能と考えるのが妥当だろう。

 せっかくGIGAスクール構想が前倒しになったのに、リモート授業とは関係なくなりつつあるというのが実情だ。ただこれを失策とは責められない。構想が前倒しになった2020年初頭の段階では、年齢が低いほど感染しにくいとか、学校は意外に感染率が低いという統計も得られなかった。インフルエンザ感染と同じようなパターンと想像するしかなかったのだ。

 それを踏まえると、今のGIGAスクール構想への期待は、一周回ってもとに戻ってきた感がある。授業や宅習を効率化することで、2020年初頭から一斉休校になったぶんの学習の遅れも取り戻せるものと思いたい。

 昨年度は夏休みを減らして登校させ、遅れを取り戻そうとしたが、1〜2カ月の学習の遅れはそう簡単には取り戻せなかった。一応学校では、今年度教えるべきことは「クリア」したことにはなっているが、子どもたちの理解や定着度はちょっと怪しいところがある。

 従ってこの遅れは、これから1年2年かけて取り戻していくしかないわけだ。つまり子どもたちは、今後1〜2年、通常よりもさらに学習効率を上げる必要がある。そこにIT機器の導入は効果があるだろう、と期待されるわけだ。

 2021年4月、すなわち令和3年度からは、日本中の小中学校で、1人1台ずつ学習端末が配布される。もちろん筆者の住む宮崎市でも準備は進んでいるはずだが、端末の手配やネットワーク工事は済んでも、なんと端末の初期設定に3カ月かかるという。従って実際の運用開始は、7月ごろになる見込みだ。

photo GIGAスクールマガジンNo.3

 実際初期設定とはいっても1、ハードウェア設定だけでなく、先生の準備期間というのが正しい認識だろう。他の自治体ではすでに取り組みを始めているところもあると思うが、気になる方はお住まいの市町村名 +「GIGAスクール」で検索すると、進捗(ちょく)情報が出てくるだろう。

 子を持つ親として、1人1台の学習者用端末活用には期待しているところだが、保護者向けにはまだ学校から何一つ情報が投下されてこないという実情がある。始まってしまえば当たり前になることも、最初はバタバタだ。

 前もって知っておきたいことが山ほどあるのだが、それも全部4月に入ってからになるのだろう。この4月以降、子を持つ家庭では、かなりてんやわんやになるものと思われる。みなさんもそのつもりで、心の準備だけはしておいたほうがいいと思う。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.