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君は音圧戦争を生き抜けるか? 音楽ストリーミング時代のラウドネス・ウォー対策(1/3 ページ)

» 2020年07月30日 22時06分 公開
[山崎潤一郎ITmedia]

 ラウドネス・ウォー(音圧戦争)という言葉がある。音響機器の技術を駆使して、音がひずまない範囲で、音楽全体の聴覚上の音量を、他の楽曲より、かさ上げすることをいう。J-POPなどロック系の楽曲で主に使われる手法だ。

 音圧=音の圧力が高いので、パッと聴いた瞬間、印象に残りやすく、楽曲への好感度を上げる効果が期待できる。アーティストやレーベルの中には、他の楽曲よりも音圧を上げることで、自分たちの曲を少しでも目立たそうという考え方で意識的に音圧を上げる人達がいる。これが音圧戦争の概要だ。

 ただ、音圧戦争による弊害もある。音圧の高い楽曲は、総じてダイナミックレンジ(音の大きなところと小さなところの差分)が小さくなり、抑揚感の乏しい音楽になる。始終圧力の高い音の洪水に包まれ、楽曲の内容によっては、連続して聞いていると聴き疲れする事例も多い。

 CDの時代は、それでも良かった。高音圧は、アーティストやプロデューサーの考え方の1つであり、楽曲やアルバムに込められた個性でもあった。

photo 同じ楽曲を意識的に音圧上げマスタリング処理をした波形(上)と適正な音圧の波形(下)。上は、海苔に似ているので通称「海苔波形」と呼ばれている。後段にこの音源をYouTubeで比較試聴するためのリンクを設定した

 しかし、Spotify、Apple Music、YouTubeといったストリーミングサービスが主流の現在、その“個性”が具合の悪い結果をもたらすことになる。プレイリストという形で、さまざまなアーティストの楽曲が混然一体となって放送のようなスキームでリスナーに届けられるのがストリーミングサービスの特徴だ。そうなると、楽曲により音圧に差異が生じたら曲の切り替え時に突然音が大きくなったり小さくなったりし、リスナーはその都度音量を調整する必要が生じ、心地よく聴くことができない。

 おじさん世代であれば、昔のテレビ放送でコマーシャルに入ると音量が大きくなり、慌ててボリュームを下げた経験がある人もいると思う。放送局側は、納品される番組やコマーシャルの音量に関する規定を設けているのだが、音響エンジニア達は、クライアントの要望に応えるべく持てる技術を駆使し、「ゼロVU」という規定数値の範囲内で、音圧を上げる処理を施すこともあったという。そのようなコマーシャルは、音量が大きく感じたのだ。「VU」は信号の電圧を示す値のことだ。

photo VU(Volume Unit)メーターをソフトで再現しているIKマルチメディアの「Lurssen Mastering Console」。アナログ時代は、ゼロを超えなければOKだった。

 そこで、テレビ放送業界が主導して放送のデジタル化を機にITU-R(国際電気通信連合・無線通信部門)がラウドネス規格を策定した。ラウドネス規格というのは、人が感じる「音量感」を定量化したもの。それ以前の規定は、信号の電圧値を基準としていたので、エンジニア達は、既定値内で大きな音量に感じるように、テクニックを駆使して音作りをしていた。しかし、「音量感」という、人が感じる基準を設けたことで、その手法が通用しなくなり、現在のテレビでは、CMの音が大きいと感じることは少なくなった。

 ラウドネスは、「LKFS」(Loudness, K-weighted, relative to Full Scale)や、LUFS(Loudness Units relative to Full Scale)という単位で表す。放送業界は「-24LUFS」、ゲーム業界は、家庭用ゲーム機「-24LUFS」、ポータブル機「-18LUFS」をそれぞれ規定し、推奨している。最小可聴値をゼロと規定し、数字がマイナスに振れるほど音が大きく感じる。

 このSpotifyのプレイリストは、筆者が作成したものだ。荒井由実の『やさしさに包まれたなら』とAKB48の『GIVE ME FIVE!』を収録している。2曲連続して聴くと、AKB48で突然音が大きくなり音量を下げてしまう。このプレイリストを、後述するSpotifyアプリの「設定」でラウドネスノーマライゼーションをオン/オフしながら聴き比べると『GIVE ME FIVE!』の音量が大きく変化するのが分かるだろう。

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