大ヒット作『空母いぶき』作者のかわぐちかいじが大病を経て得た「仕事観」かわぐちかいじが語るマンガの力【前編】(1/2 ページ)

» 2019年12月10日 05時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

 「ビッグコミック」誌上で2014年から連載が始まり、実写映画化もされて大きな話題になった『空母いぶき』が、19年12月10日発売号で最終回を迎えた。映画は全国331館で拡大公開され、動員数約100万人のヒットを記録している。

 『空母いぶき』は、20XY年に尖閣諸島沖で海上自衛隊と中国海軍が衝突したところから物語が始まる。戦闘は回避したものの、危機感を募らせた日本政府は、最新鋭戦闘機を搭載した事実上の空母「いぶき」を就役。ここから中国との緊張が高まっていく――。

 近未来の日本を舞台にした『空母いぶき』は、戦闘の設定、絵の表現、国際政治の状況など、同じことが現実に起こってもおかしくないリアルさで読者に迫ってくる。一方で、『沈黙の艦隊』『ジパング』など、戦争と武器をテーマにした過去の作品とは異質な面もある。

 かわぐちかいじさんは1968年に21歳で漫画家デビューして以来、70年代からヒットを連発し、休むことなく作品を世に出し続けてきた日本を代表する漫画家の1人だ。

 このシリーズでは『空母いぶき』最終回を描き終えた作者のかわぐちかいじさんに、同作品に込めた思いやヒットの舞台裏、かわぐちさんが感じている「マンガの力」などについて話を聞いていく。前編では、『空母いぶき』というヒット作を生み出すに当たって、キャラクターや状況設定をいかにして生み出していったのかを聞いた。

photo かわぐち・かいじ 1948年生まれ。広島県尾道市出身。1968年にヤングコミック(少年画報社)に掲載された『夜が明けたら』でマンガ家としてデビュー。87年『アクター』、1990年『沈黙の艦隊』、2002年『ジパング』でそれぞれ講談社漫画賞を受賞(第11回、第14回、第26回)。06年には『太陽の黙示録』で第51回小学館漫画賞と第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞。ビッグコミック(小学館)で連載中の『空母いぶき』(原案協力:惠谷治)は17年に第62回小学館漫画賞を受賞し、19年に実写映画が公開された。モーニング(講談社)では『サガラ〜Sの同素体〜』(原作:真刈信二)を連載中(撮影:山崎裕一)

『空母いぶき』が提示したテーマとは

――12月10日発売の「ビッグコミック」で、『空母いぶき』が最終回を迎えました。描き終えてどのような思いですか。

 描き切ったかどうかはまだ分からないです。一応最終回になって、“尖閣諸島編”としてはエンドマークがつきましたけど、終わっていないですね。実は「ビッグコミック」12月25日発売号から、『空母いぶき』の新たな物語が始まります。

――次の号から新連載が始まるということですか。

 そうです。「どう隣国と付きあうか」がテーマなので、区切りがついただけで、大きな問題は残されていますよね。隣国とはずっと付き合わなければならないですから。もちろん中国だけではなくて、アメリカとどう向き合うかも重要です。

――それは現実の世界でも重要なテーマですよね。ご自身が持っている問題意識や、いまの世界情勢に対する危機感のようなものを『空母いぶき』に投影されているのでしょうか。

 日本がどうあれば一番いいのかを模索したいです。正解を生み出せればいいですけど、なかなかそこまでは難しいと思います。これがベストかなと思えるところまでは描いていきたい。

 『空母いぶき』で描いているのは、あくまで戦争にならないように、局地的な戦闘で終結できるように努力する日本の姿です。宣戦布告して戦争になれば、どちらかが潰(つぶ)れるまでやるしかないですから。同時に、モニターに映った敵の光を見ながら、ボタン1つで多くの人の命が奪われてしまうといった戦争の怖さも伝えたいです。

――まだまだ描かなければならないことがたくさんありますね。

 最終回まで読んで、「これで終わるはすがないな」「これは続くな」という印象を持ってほしいですね。

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「うそ」にならないようにリアルなものを描く

――『空母いぶき』は設定も絵も、非常にリアルな作品になっていますが、この点はこだわっていたのでしょうか。

 ひょっとしたらあり得るかもしれないリアルな状況を、意識的に描きました。これまでの作品はキャラクターやストーリーが中心というか、作り上げた話の中を登場人物が生きていき、状況は後からできてくる描き方でした。それが今回は逆になり、状況が先にある感じです。それだけに、状況にはうそがないように描いていこうと思っています。

――中国の海軍の動き、政治家の対応など、リアルに感じる状況を作りだすために、どのような取材をしているのですか。

 業界に流れている情報に接することはあります。現場がどれだけ大変かを実感したいからですね。その実感によってドラマができていきます。中国軍については、いろいろなものを参考にさせてもらいました。

――自衛隊の幹部といった関係者から直接話を聞くこともありますか。

 直接ではなく、うわさを聞きます。あとは専門家の知人からも情報を得ますね。実際に会って話を聞くと、どう描いていいのか分からない場面があるかもしれません。客観的になれないというか。そこの距離感は気を付けています。

――かわぐち先生の作品は、立場が違う登場人物同士が対峙(たいじ)したときに生まれるドラマも、魅力の一つだと感じています。

 登場人物同士の対峙というよりも、問題の対峙ですね。登場人物が対峙しているようにも見えますが、登場人物が持っている背景の問題意識がぶつかっています。その問題意識が、こっちも正しいけれど、こっちも間違いではないといった場合に、どちらを選ぶかを読者に考えてもらえるような選択肢を提示したいのです。

 そのときにリアルさがなければうそっぱちな話だと思われるだけですが、リアルであれば「自分だったらどうする」と考えてもらえると思います。できるだけうそっぱちな作り話にならないようにして、ハラハラして読んでもらって、そこまで考えてもらいたいですね。

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