日本のスポーツカーの中で、おそらく実力が最も侮られているのはダイハツ・コペンではないか? 筆者は以前からそう思っている。
インタークーラー付きターボとはいえ660ccの3気筒。自主規制のおかげで馬力は64馬力。駆動方式はFFで、フロントサスがストラット、リヤはトーションビームアクスル(TBA)。スペックだけ見ると、何の変哲もない。つまりは、お買い物用の軽自動車をそれらしいカッコのオープンに仕立てただけだと思う人もいるだろう。
しかしながら、この2代目コペンを考え出した人は、ちょっとした天才だと筆者は尊敬しているのだ。長い話になるが、そこにコペンの本質があるので、初代以来の話を振り返ろう。
初代コペンは2002年にデビューして、12年まで足かけ11年生産された。ダイハツとしては史上初めて、メーカーアイコンとなったクルマであり、漏れ聞くところによると、途中で生産台数が落ちて赤字になった時でさえ「ダイハツ史上、老若男女にこれだけ愛されたクルマはない。企業イメージの向上を考えれば、赤字でも作れ」という話もあったという。
誕生時、コペンは短命のあだ花になると思われていたのだと思う。少なくとも21世紀に入って以降、スポーツモデルが継続してカタログに載り続けることなど稀(まれ)だし、ましてや軽自動車ともなれば、なおさらである。これをヒットモデルになると予想したとしたら常識がない。
しかし、初代コペンにはツキがあった。ベースとなったのは5代目L700系ミラだ。コペンがデビューした02年に、6代目のL250系にモデルチェンジしている。このL700系シャシーの剛性が高かった。コペンはその高剛性シャシーが、まさに地平線に沈む時に入れ替わるように誕生した。あと1年でも遅かったら、初代コペンのあのボディ剛性は存在しなかった可能性は高い。
その上、初代コペンはハードなスポーツカー志向ではなく、ツルンと丸く、可愛い外見を与えられた。さらにオープンボディである。ちぐはぐに与えられた要素が奇跡的な1台を作り出した。
高剛性ボディは想像外の走りをもたらし、若い男性に訴求した。丸く可愛いボディは女性に気に入られ、維持費の安い軽自動車でありながらオープンボディであることはシニアドライバーに好まれた。かくして、老若男女に愛される奇跡的なスポーツカーが誕生したのである。
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