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転職の「扇動者」にも「全否定派」にも惑わされないシンプルな心構えとは先入観と風説を斬る(1/4 ページ)

» 2019年07月23日 07時00分 公開
[山口周ITmedia]

編集部からのお知らせ:

本記事は、書籍『仕事選びのアートとサイエンス』(著・山口周 、光文社新書)の中から一部抜粋し、転載したものです。


 大きな書店を訪れて転職に関する書籍のコーナーをのぞいてみると、同じ転職というテーマを扱っていながら、それらの書籍がいくつかのグループに分けられることが分かります。なかでも、積極的に転職を推奨しながらその具体的なノウハウを提供しようという「転職推奨派」カテゴリーは、最大派閥と言えるでしょう。

 これらの書籍は、目的設定を「とにもかくにも目前の転職活動を成功させる」というその一点において書かれている点に特徴があります。そもそも転職するべきなのか、とか会社を選ぶ際の基準点や価値観は何か、といった、ある意味では辛気臭いテーマは確信犯的にぶっちぎっているので、そういう意味では無邪気にツールに徹していると言えます。

 とはいえ、やはり問題はあるだろうというのが私の見解です。転職は、そもそも幸せな職業人生を歩むという目的に対しての手段でしかありません。転職を極めてポジティブなトーンで語ることで、その目的を絶対化した上でさまざまなノウハウを売りつける、というのは悪く言えばアコギではないかと思うのです。転職は、結婚と並んでミスが大変高いコストにつく意思決定ですから、転職を拙速に目的化しようとする態度は戒めるべきでしょう。

photo 両極端なトーンが目立つ転職関係の言説に惑わされないためには? (写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

転職を「煽りたい」人材業界

 転職が、なぜ手段から目的に化けるのかについては理由がいくつか考えられます。最も大きな要因として作用していると思われるのが、これらの「転職を煽る人たち」が、転職者が多ければ多いほどもうかる構造の事業を営んでいる、ということです。

 この点を理解していただくために、転職支援事業の類型をご説明しておいたほうがいいでしょう。

 転職者の斡旋(あっせん)をつかさどる事業には、大きくエージェント型とサーチ型の2つのタイプがあります。 前者のエージェント型の代表はリクルートエージェントやインテリジェンスといった会社ですね。広告なども多く露出しているので、比較的皆さんにはなじみのある企業でしょう。

 一方、後者のサーチ型の代表は、エゴンゼンダー、ラッセル・レイノルズ、スペンサースチュアート、コーン・フェリーといった会社になります。名前から察せられる通り全て外資系の企業となります。

 エージェント型とサーチ型で大きく異なる点が2つあります。

 1つは扱う人材の年齢とポジションです。エージェント型が扱う人材の中心が20代から30代前半の現場〜課長クラスが中心なのに対して、一方のサーチ型が扱う人材は30代後半から50代の経営幹部候補から役員クラス、または弁護士やコンサルタントといった専門職が中心になってきます。

 2つ目の違いが収益モデルです。エージェント型の企業は転職させた人の数に応じて顧客企業から手数料(転職した人の年収×20〜30%程度)を得るのですが、サーチ型の企業は「人を探す」という行為そのものに対してフィーを請求します。つまり弁護士やコンサルタントと同じように、働いた時間に応じてフィーをもらうビジネスになっているわけです。従って、結果的に転職した人がゼロであったとしてもフィーは発生します。

 ここで問題になってくるのが、エージェント型の「転職すればするほどもうかる」という事業モデルです。この事業モデルだと、収益のドライバーが「転職者の数」「転職者の年収」「手数料率」の3つになるわけですが、このうち「年収」は顧客企業の都合ですから変えられませんし、「手数料率」は他社との競争があってなかなか上げられません。結局、収益を高めるためにはとにかく「転職者の数」を増やすしかない、ということになるわけです。

 この構造は、リクルートエージェントなどの大手でも個人事務所でも基本的には変わりがありません。こういったわけで、エージェント型の事業をやられている方たちは転職を煽る方向に軸足が傾いていってしまうわけです。

 しかし、これは一種の必要悪であるとも言えます。労働市場の活性化が今後さらに進めば、社会全体が抱える労働力の取引コストも増加するでしょう。エージェント型企業はその取引コストを負担しながら、それを回収する収益モデルを築いたということですから、これを否定するのであれば、労働市場の取引コストの問題について具体的な解決策を示す必要があります。

 大事なのは、転職を志向する人々が、エージェント企業のそのような行動様式を分かった上で、彼らの煽りに乗せられることなく、主体的に転職活動を制御していくということなのでしょう。

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