リニア建設を阻む静岡県――川勝知事の「禅問答」がもたらす、これだけの弊害静岡空港新駅の設置が「交換条件」か(1/5 ページ)

» 2019年07月23日 05時00分 公開
[冷泉彰彦ITmedia]

 2027年の開業を目指してJR東海によって建設が進められているリニア中央新幹線だが、ここへ来て通過する静岡県部分の着工がストップするという事態に陥っている。地元・静岡県の川勝平太知事がリニア建設への協力の「代償」を要求するなど、現時点での着工に新たな条件を要求しつつあるからだ。

 このリニア中央新幹線のルートと静岡県の関係だが、地図の上では県の突端部を「かすめる」だけとなっている。だが、県としてはこの部分に建設予定の、南アルプスを横断するトンネルが大井川の水系に影響を与えるほか、地元では工事車両の通行など負担を強いられるとしている。そこでJR東海は、トンネルからの湧水を大井川へ戻すための導水路トンネルを造るといった対策を、静岡県に対して具体的に提案している状況だ。そこへ改めて追加の「代償」が要求されたというわけだ。

 川勝知事の発言はその都度変化しており、現時点では具体性を欠いている。ある時には、「代償としては中間駅を建設する場合の平均額ぐらい」という目安が示されたことがあった一方で、「南アルプスに値段をつけるなどとんでもない」などという言い方で要求を曖昧にしたこともあった。

 川勝知事は、日本を海洋国家と規定して、文明論を交えた「比較経済史」を論じてきた元学者の知事であるから、禅問答のような交渉方法に県民は慣れているのかもしれない。もちろん「静岡県」としての利益を最大化するのが政治家としての仕事ではあるから、知事の考え方には一定の妥当性があることも否定できない。だが、工事を計画通り進めたいJR東海としては困った事態となっているのは揺るぎない事実だ。

 そんな中で、こんな解説もある――。川勝知事の「真意」としては、県がかねて要求していた東海道新幹線における静岡空港新駅の設置を「交換条件」として狙っているのではないかということだ。

photo リニア中央新幹線(ITmedia ビジネスオンライン編集部撮影)

空港新駅を設置すれば「ダイヤ崩壊」

 確かに、静岡県として静岡空港(富士山静岡空港)の利用率が伸びないという問題に頭を痛めているのは事実のようだ。そんな中、地理的に見れば、東海道新幹線は静岡空港の真下をトンネルで通過している。ここに空港新駅ができればというのが、県として悲願であるのは分からないではない。

 だが、この空港新駅構想には大きな問題がある。新駅の位置は現在の新幹線駅でいえば、静岡駅と掛川駅の間にあたるが、その中間点より掛川方に寄っている。そのため、新駅と掛川の距離は約15キロしかない。ということは、各駅に停車する「こだま」の場合など空港新駅と掛川駅の双方に停車する列車は、発車後に十分に加速できないうちに、次の駅へ向けての減速を強いられることになる。

 その結果、「こだま」の所要時間が延びることになるが、問題はそれだけではない。東海道新幹線では、2020年の3月から足の遅い700系が完全に引退して、N700A(a)系、そして3月には間に合わないようだが、20年7月にはこれに新型車両のN700S系が加わっての運転となる。つまり、東海道区間については、最高速度285キロで走行可能な車両に統一されるのである。その効果として、毎時「のぞみ12本、ひかり2本、こだま3本」という高密度運転が実現する。

 ところが、仮に毎時3本の「こだま」が、空港新駅と掛川駅に連続停車するとなると、駅間が短かすぎて加速できない中で、この区間は全体として「ノロノロ運転」となってしまう。その結果、本線を後ろから4分間隔で「のぞみ」や「ひかり」の各編成が最高時速285キロで走ってくると、ノロノロ運転の「こだま」に追い付いてしまい、ダンゴ状態になってしまう。そうなると、東海道区間における高密度運転と速達性を実現したダイヤが一気に崩壊し、東海道新幹線全体の輸送力が激減してしまう。

 現在、JR東海が空港新駅の設置に難色を示しているのは、そのように具体的で切迫した問題があるからだ。

photo JR東海は法律にのっとって環境アセスメントの手続きを終え、国からの「お墨付き」を得ているものの、工事は遅延している(JR東海のWebサイトより)
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