新型コロナウイルスによる日本の緊急事態宣言が5月26日に全面解除された。世界で最初に感染が爆発した中国でもほぼ収束し、国会に相当する全国人民代表大会(全人代)が予定から2カ月半遅れの5月22日に開幕、翌23日には統計開始以来、1日の感染者が初めてゼロになったと発表された(無症状感染者を除く)。
筆者は中国の感染拡大期に多くの中国在住者を取材し、後述する6月3日発売予定の著書で紹介している。ピーク時には1日1万人の感染者が出ていた中国は今、どの程度安全なのか。同書に登場する「中国で働く日本人」たちに、5月末現在の各地の状況を聞いた。
「武漢はもう、かなり安全だと思っています」
そう話すのは、武漢の大学で日本語教師をしている田辺さん(仮名)だ。武漢封鎖後、日本政府は取り残された日本人を救出するためにチャーター便を出したが、田辺さんは武漢に残ることを選んだ。
「住居が大学の敷地内にあり、キャンパスが閉鎖されたため、武漢封鎖中は犬や猫にしか会わなかった。私に関しては、武漢は日本で報じられているよりは安全でした」と言う。
1月23日から2カ月半に渡った武漢市の封鎖は4月8日に解除され、徐々に日常に戻りつつあるが、5月には再度クラスターが発生し、地域の責任者が更迭された。
それでも田辺さんが安全だと考えるのは、クラスター発生を機に、5月中旬から武漢市民1100万人全員のPCR検査が始まったからだ。武漢市によると5月24日時点で900万人の検査が完了した。
田辺さんは「今後は、武漢に入ってくる人から感染が広がることの方が心配」とすら話した。
「『全人代が開催されたなら、もう大丈夫だろう』――中国人はそんな風に思っています」
日本企業の駐在員として北京に赴任中の山内さん(仮名、50歳)はそう指摘する。
全人代は各地の代表者が北京に集う政治の一大イベントで、5月28日までの全人代の会期を問題なく開催できれば「中国は安全」と世界に発信できることになる。山内さんによると北京は感染がほぼ収束してからも対策が緩むことはなく、ホテルやオフィスなどあらゆる施設の人の出入りが厳しく制限された。そのときの状況は「自宅マンションも入り口で検温します。熱があると自宅にすら帰れないので、それが一番緊張しましたね」という。
駐在員の多くは、日本政府が「中国からの帰国」を強く呼びかけた2月中旬に日本へ戻ったが、山内さんは北京に残った。当時、デリバリーで配達してもらった食料には日本語で応援メッセージが書かれていることもあった。山内さんは「自分はSARS(2003年)のときも、尖閣諸島問題(2012年)のときも中国に駐在していて、中国ビジネスはリスクの塊だと思っている。そういう時こそ踏ん張りどころ」と淡々と語った。
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