リニアを阻む「水問題」 専門家の指摘で分かった“静岡県のもっともらしいウソ”検証・リニア静岡問題(1/2 ページ)

» 2020年02月14日 08時00分 公開
[河崎貴一ITmedia]
photo 山梨リニア実験センターで撮影した試験車両

 リニア中央新幹線静岡工区の工事が、静岡県によって止められている。

 この問題を巡り、先月、国土交通省が新たに専門家会議を設置することを決めた。だが、静岡県が設置した有識者会議「環境保全連絡会議」の森下祐一地質構造・水資源専門部会長(静岡大学教授)は「国に委ねるのではない。国の検討結果を踏まえて県でさらに対話を行う」(2020年2月11日の静岡新聞)と発言・けん制するなど、まだまだ事態が収束しそうにない。

 静岡県寄りの情報を積極的に報じる同紙は、森下部会長の発言に続いて「最終的な結論は県側が出すとの姿勢を強調した」と結んでいる。「国ではなく静岡県が決める」との主張をしたい静岡県のもくろみが透けて見える。それだけではない。その後に発言を修正したものの、国交省は森下部会長が参加する静岡県の有識者会議「環境保全連絡会議」について、「県の設けた有識者会議はある意味で当事者。第三者の目で検証してもらった方がいい」と評した。

 混乱の極みに達している感のあるこの問題を、改めて整理してみたい。

 リニア中央新幹線のトンネル工事について、問題は、大きく2点ある。

(1)トンネルの湧水によって大井川の水量は減るか

(2)トンネル工事によって大井川や周辺地域の環境は悪化するか

 現在の交渉は、これらの問題をクリアできるかどうか、という視点から離れていっている気がしてならない。

「静岡県が言っていることは、“もっともらしい間違い”」

 両者の交渉が停滞しているのを見てきた、河川工学の専門家に取材を進めると、「静岡県が言っていることは、“もっともらしい間違い”である」との意見を述べた。中央大学理工学部の山田正教授(都市環境学科 河川・水文研究室)である。

 山田教授は、「私は45年以上、地球表面の地下水や川の流れを研究する水文学(”すいもんがく”と読み、天文学と対比されるもの)に従事し、そのなかで雨から川の流れに至るいわゆる流出解析を現場実測、室内実験、数理的な解析、コンピュータを使った数値シミュレーションによって行ってきました。  

 さらに雨そのものが水蒸気から相変化を経てどのようにしてできるのかを解明するために、北海道上砂川の石炭鉱山や岩手県の釜石鉱山の長大立坑を使って地下深く(地下700メートル)において10年以上、実験をしてきました。このような私自身の地下水に関する理論的な研究と、地下を深く潜っていた現場感覚からいって、静岡県が指摘するような問題は現実に発生するのか大いに疑問があると言わざるを得ない」と、話し始めた。

 山田教授の研究室には、学部生や大学院生が20人ほど詰めていて、コンピュータに向かってデータの入力や計算を懸命に続けていた。壁には日本はおろか海外の河川の地図や写真、データなどが貼られていて、地道な研究姿勢がうかがえる。

photo 中央大学理工学部の山田正教授

 最初に山田教授が口にしたのは、JR東海の姿勢に対する意見だった。

 「JR東海がまとめた環境影響評価準備書を読みました。そこには、素掘り(覆工コンクリート等の防水工事がない条件)で、『最大で毎秒2t減水と予測』と書かれています。しかし、予測される減水量の『最大』量だけで議論することに意味はありません。『最大』を出すのであれば『最小』の予測にも触れて、その間の分布がどうなっているのかを一緒に示す必要があると思います。

 その上で、その数値について丁寧な説明をし、『これは素掘り(防水処理なし)の場合の数値です』というように、計算の前提となった条件などについて正確に示さなければならない、と思います。

 『毎秒2tの水』というのは、『縦×横×高さ』がそれぞれ1メートルの水の固まりが、1秒間に2つも流れだすような膨大な量です。大井川の中流域での年平均水量は、毎秒30.9立方メートル(t)程度でしょうか。ということは、大井川の水量の約15分の1(毎秒2tの水)が、源流域の深い地下から常時湧き続けるということ。そんなことがあるでしょうか。大きな疑問です」

photo 大井川の流域図(井川ダムの展示館)

 山田教授は言う。

 「先ほどの2つの鉱山は山の中を網目のように掘りまくっており、その総延長距離は数十から数百キロに及び、今議論している静岡県内のトンネルの比ではありません。それでもその2つの素掘りのままの坑道の側溝には毎秒数リットルから10リットル程度の湧水があるのみです。さらに『毎秒2tの水』はものすごい水量で、それほどの水が出るようなトンネルの工事は、最近は見たことも聞いたこともありません。

 湧水を心配する人は、丹那トンネル(熱海・函南間)で鉄砲水が出たときのイメージが強いのだと思います。あのときの工事では、破砕帯のクラック(亀裂)にたまっていた水がドーッと出てきたものだと記憶しています。一般に地下深く掘削すると、その上の数百メートルの地下水圧がもろにかかって大量の湧き水が出てくるように思えてしまいます。これは学問上、間違いです。東京湾の海底に敷設してあるアクアラインのトンネルの上の海水圧は、確かにトンネルにもろにかかっていて、小さい穴が空いていてもその上の水圧によって大量の水がトンネル内に吹き出してくるでしょう。潜水艦に空いた小さな穴と同じです。

 しかし山岳トンネルの湧水は、潜水艦に空いた小さな穴と同じでしょうか。山を構成する岩には一般に非常に狭い亀裂(クラック)が存在し、その狭い空隙の間を地下水は流れてきます。このときには流れに応じて(粘性)抵抗が働きます。地下水理学ではこれを『損失水頭』といいます。結局、山岳トンネルの場合には、たとえ地下水位がトンネルの上に、たとえ数百メートルあってもこれを損失水頭が食ってしまうために、水は自重分の速度=透水係数程度の非常に小さな量でしか湧き出してきません。

 掘削初期は水の抵抗が効かないため、それなりに湧水はありますが、すぐに小さな量に落ち着きます。これは公園によくある、上を向いた飲料水道の蛇口を少しだけぱっと開けると水が勢いよく吹き出しますが、すぐにチョロチョロと少ない流量に落ち着く現象と同じです。

 一般に破砕帯を含まない地山の透水係数は非常に小さいものであり、全部合わせても家の前の側溝を流れる雨水程度の量でしょう。このように見積もると、JR東海が示している『最大で毎秒2t』という数値よりもかなり小さくなる可能性が高いと思います

 「全部合わせても家の前の側溝を流れる雨水程度の量」とは、静岡県が喧伝(けんでん)する「県民62万人の“命の水”がなくなる」とのイメージからは程遠い。山田教授が指摘するように「静岡県が言っていることは、“もっともらしい間違い”」であり、もっといえば“もっともらしいウソ”を言っているようにも思える。

トンネル工事で大井川の水は減らない

 山田教授は、トンネル工事の出水について話を続ける。

 「現代の土木工学のトンネル掘削技術は非常に進んでいて、掘削初期や破砕帯中の大きなクラックからの大量の出水を防ぐ技術についても工夫をしています。掘削しながら先進ボーリング(前方探査)を行うようになり、先端に取り付けたセンサーによって、地層データを調べます。

 例えば青函トンネルでは、2キロ以上先まで水平ボーリングを実施しました。そして、先の地層の水圧が高くなって出水しそうだったら、地層に『地盤注入』を行って地層を固めたうえで、固くなった地層を掘る。さらに、掘ったトンネルの壁には、コンクリートなどで固めて防水処理をするという方法もあります。こうした掘削技術は、日本が世界に誇ることのできる最先端の技術です。

 そうした技術をもってトンネルを掘るのですから、『毎秒2tの湧水』が発生する可能性はほとんどないといえるでしょう」

 もう1つ大きな争点になっているのが、トンネル工事による環境問題だ。それについても山田教授は意見を述べる。

 「テレビ出演したときにも同様の質問がありました。いま、大きなダムやトンネルの工事など、環境に影響が出そうな工事を実施する際には、環境影響評価を実施した上で工事を行います。そして、工事業者を選定する際にもこの点を重視して業者が選ばれます。

 昨今の大規模工事が行われる際には、環境対策に膨大な費用をかけています。また、たとえ工事で濁水が発生したとしても、その浄化を行い、安全性を確かめたうえで、きれいな水を流しています」

photo 大井川上流にそびえる南アルプスの山々(畑薙第一ダム)

 そして、山田教授は、環境基準の捉え方についても触れた。

 「環境問題について指摘される方は、『環境基準値を超えた』というふうに、その危険性を訴える人がいます。しかし、日本の環境基準というのは世界的にも厳しいものがほとんどであり、人体に影響が出る値の10万分の1程度の低い値に設定されています。このことから、水質についても、たとえ瞬間値が環境基準値の数倍になった程度で、大勢の方々に影響が出るということは、まずないでしょう。

 私たちは数字を正しく評価するための知識が必要です。そして、この知識の不足が、東日本大震災に続く農産物や魚介類へのいわれなき風評被害につながったのだと考えています」

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