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テレビ局、4K化で存在感薄く 8K制作も視野に入れた“黒船”2020年展望

» 2020年01月04日 07時00分 公開
[本田雅一ITmedia]

 かつて、テレビを取り巻く事業環境はとてもシンプルだった。

 主なコンテンツは地上波のテレビ放送。そのテレビ放送をいかにキレイに見せるか。VHSやDVDといったパッケージ販売コンテンツも存在はしていたが、テレビ受像機とはテレビ放送を楽しむための商品であり、そこに大きな経済的な価値があった。メディアとしても、装置としても。

 これはデジタル放送の時代になっても変わらなかったが、スマートフォンの普及やインターネットの高速化、さらに海外を中心に進んだ映像配信サービスの市場規模が拡大したことなどで、徐々に市場環境は変化している。

映像配信サービスの台頭でテレビのリモコンにも変化が現れた

4K化を主導したのはストリーミング配信

 テレビ受像機の市場を見渡すと、完全に「4K時代」を迎えていることが分かる。2013年の時点で約27万台に過ぎなかった国内の4Kテレビ市場だが、18年には約450万台を出荷し、電機メーカーを潤す存在になった。17年比で8%の増加と、実に4年ぶりにテレビ販売がプラスへと転じた。その背景にあったのが、約198万台と全体の44%を占めた4Kテレビ。減少を続けていた出荷金額が1.2%とわずかながらも増加したのも4Kテレビ効果だろう。

 さらには19年3月に49.5%と4Kテレビはテレビ市場全体の約半数に達し、出荷金額は72.6%まで上昇。もはや4Kテレビは特別な製品ではなくなった。

19年上半期(1〜6月)の薄型テレビ構成比。グラフの濃い青が4Kで、全体の49%を占めた(出典:GfK)

 ただし、この4Kテレビ全盛時代を生み出したのはテレビ放送業界ではなかった。これがハイビジョンへの移行時などと異なる点だ。ハイビジョンはBSデジタル放送で始まり、地上デジタル放送への移行であっという間に広がった。テレビ放送の役割はとても大きなものだった。

 対して、4Kテレビ普及の下地を作ったのは「Netflix」に代表される映像ストリーミングサービスだった。また数はさほど多くはないが、Ultra HD Blu-rayなどの光ディスクパッケージも貢献した。より高い付加価値がなければ消費者に訴求できない有料コンテンツが4K化を主導したのだ。

 4K映像を光ディスクで楽しめるUltra HD Blu-rayは主流にはなっていないものの、パッケージ販売額の低下に悩むハリウッドが積極的に採用している。また、大げさな機器を購入しなくとも低価格なネット端末やテレビ内蔵アプリで手軽に映像を楽しめる有料映像ストリーミングサービスが積極的に4K作品を提供した。4K放送の準備が整う前に、先行して新技術を投入し、有料サービスとしての差異化を図った。

 かつてのHuluやNetflixのように、海外発の映像ストリーミングサービスが日本でサービスを始めると多くのメディアが「黒船来航」と騒いだ。すぐに話題に上らなくなるが、水面下で影響力を増し、今の状況につながっている。やはり黒船だったようだ。

 テレビ放送はといえば、18年12月にBS/110度CSで新4K衛星放送がスタートしたものの、あまり魅力的とはいえない。NHKは力を入れているが、民放が放送している番組の多くはBSハイビジョンと同じ内容。4K放送は高精細なだけではなく、HDR(ハイダイナミックレンジ)が画質を高める上で極めて重要にもかかわらず、それらはSDR(標準ダイナミックレンジ)で制作されている。

 NHKは4Kや8K、HDRを生かした番組作りとノウハウを着々と蓄積しているが、4Kテレビに慣れてきた消費者の目は、すでにテレビ放送以外に向き始めている。NHKと総務省がタッグを組んで推し進め、世界でもっとも早いタイミングで4K/8Kの実用放送を開始した日本だが、国策としてこれらを進める意味もなくなってきたといえる。

コンテンツ業界は8Kを視野に

 コンテンツ業界には、放送局や番組制作会社が集まり、番組そのものやフォーマット(番組のコンセプトや作り方)を売り買いする世界規模の商談会が存在する。最も大きいのは、欧州で毎年春と秋に開催されている「MIPTV」と「MIPCOM」だ。5年ほど前、ここに出品される4Kコンテンツといえば自然科学分野ばかりだった。美しい風景なら高精細映像の力が伝わりやすいと考えたのだろう。

 ところが、2015年3月に日本で「スカパー!4K」が始まると、4Kテレビ番組の市場が生まれ、そこにNetflixやAmazonなど世界各国の映像配信サービスも加わって急速に4K映像の市場が立ち上がった。今やドラマやドキュメンタリーはもちろん、スポーツ、バラエティに至るまで4K制作が当たり前になっており、そうした映像作品の売り先もテレビ放送局から映像配信会社へと変わってきている。

 この流れは加速している。加入者に毎月の料金を求める映像配信は、無料放送と差異化できなければ価値が認められない。民放の4K番組が通常のハイビジョンをそのまま流すだけなのに対し、NetflixやAmazonが自主制作する映画や番組は4K/HDRが基本だ。

自主制作のコンテンツも増えているNetflix

 さらに映像制作の現場は、既に8Kに向けて動き始めている。理由は「より良い4K映像を得るため」だ。8Kで撮影した映像を元にすれば高品位な4K番組が作れる上、将来も何かと便利だ。この流れは8Kでさらに加速するだろう。

 パナソニックや韓国のSamsung Electronics、中国TCLなど5社が2019年1月に立ち上げた業界団体「8K Association」は、現在16社にまでメンバーを増やし、20年1月に米国ラスベガスで開催されるエレクトロニクスショー「CES」までに20社になる見通し。いずれの企業も今のところ技術と市場性の両面で8Kの可能性を探っている段階だが、日本の8K衛星放送開始に加え、スペインの「Rakuten TV」(スペインのWuaki.tvを楽天が買収)、イタリアの「Chili」、アメリカの「UltraFlix」、ロシアの「MEGOGO」、フランスの「The Explorers」といった事業者は8K配信を推進しようとしている。

 放送の技術規格や法制度を整えた上で、放送局側に大きな投資が求められる放送とは異なり、ストリーミングでの映像配信はハードルが低い。ただし、有料衛星放送となると話は変わってくる。フランスの通信衛星運営企業であるEutelsatは、18年12月にNHK協力のもと、初の通信衛星による8K放送を行った。現在もテストチャンネルを設け、欧州で放送しているが、これは現在、グローバルで190チャンネルを放映している同社の4K放送技術を拡張したもの。ニーズ次第で、いつでも8Kでの放送へと移行する準備を整えた。

 つまり、4Kが受像機を含めた映像技術の標準となったことで、業界は少しずつ8Kへと向かい始めた。ただし、注目を集めているのは放送局の動向ではない。映像配信サービスを中心とした有料サービスと、テレビ受像機の両輪が、映像イノベーションの主役を担うことになるだろう。

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