CSIRT小説「側線」 第5話:時限装置(前編)CSIRT小説「側線」(1/3 ページ)

企業を守るサイバーセキュリティの精鋭部隊「CSIRT」のリアルな舞台裏を目撃せよ――メタンハイドレートを商業化する貴重な技術を保有するひまわり海洋エネルギーの新生CSIRT。ベテランに追い付こうと必死な若手メンバーは、新たなインシデントの一報を受け取って、これまでと違う行動に出る。それは一体?

» 2018年08月03日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
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この物語は

一般社会で重要性が認識されつつある一方で、その具体的な役割があまり知られていない組織内インシデント対応チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」。その活動実態を、小説の形で紹介します。コンセプトは、「セキュリティ防衛はスーパーマンがいないとできない」という誤解を解き、「日本人が得意とする、チームワークで解決する」というもの。読み進めていくうちに、セキュリティの知識も身に付きます


前回までは

メタンハイドレードを商業化する貴重な技術を保有するひまわり海洋エネルギー。新生CSIRTの若手メンバーは、インシデント対応のベテランたちに比べて自分たちの経験不足を痛感し、必死に努力していた。その一人であるつたえは、キュレーターの見極からセキュリティのレクチャーを受けたことでゆっくりと変わり始めていた……

これまでのお話はこちらから


 7月。例年通り、今年も梅雨が長引いている。しかし、7月は従業員にとって雨の憂鬱な気分を吹き飛ばすイベントがある。

 それはボーナス、つまり一時金の支給だ。この時ばかりは社員食堂のオーダーもちょっと豪華になる。

@ひまわり海洋エネルギー 食堂

Photo 本師都明:先代のCSIRT全体統括に鍛え上げられた女性指揮官。鍛え上げられた上司のすばらしさと比較すると、他のメンバーには不満を持っている。リーガルアドバイザーを煙たく思い、単語や会話が成立しないリサーチャー、キュレーターを苦手としている

 本師都明(ほんしつ メイ)と羽生(はぶ)つたえが、一緒に社員食堂で昼食を取っている。

 「つたえ、あんた、そんな小食で持つの?」

 つたえが持っているのは、自分で作ったらしい小さなお弁当と、社食から選んだサラダとヨーグルト、ドリンクだけだ。

 つたえは「えへへ」と笑いながら答える。

 「ダイエット中なんです。メイ様、がっつりですねー」

 メイの前のトレイには定食に小皿が3品追加されていた。

 「ちゃんと食べなきゃだめよ。私は食べないと持たないのよ」

 そこへ、通りかかった栄喜陽潤(えいきょう じゅん)が声を掛ける。

 「おっ? コマンダー様とポックちゃんだ。相変わらず仲が良いこと」

 メイは潤をにらむ。

 「ご一緒にいいですかぁ?」

 潤はそう言いながら、返事を待たずにメイとつたえの前に座る。

 つたえは潤を無視してメイに話し掛けた。

 「この間ね、SOCルームに行ったんです。ドアを開けたらびっくり。なんで暗いの? と思って。その暗ーい中に深淵(しんえん)さんの眼鏡が光って。あれ、お化け屋敷か、ホラーですよ」

 「しかも素っ気なかったでしょ?」

 メイは、自分がSOCルームへ行ったときに深淵にあしらわれたことを思い出しながら言った。

Photo 羽生つたえ:前任のPoCの異動に伴ってスタッフ部門から異動した。慌ててばかりで不正確な情報を伝えるため、いつもCSIRT全体統括に叱られている。CSIRT全体統括がカッコイイと思い、憧れている

 「そうそう、そうです。それでも、見極(みきわめ)さんはいろいろ話してくれたわ。私には全く想像のできない世界。こんなことがあるんだぁーと思いつつも最後は怖くなったわ」

 つたえの言葉に、メイは同意してつぶやく。

 「確かに、あそこは近づきにくい雰囲気があるけど、インシデントの時には頼りになるからね。インシデントマネジャーの志路(しじ)さんとも信頼関係があるようだし。そういえば志路さん、この前すごかったわよねー」

 話の流れを無視して潤が割り込む。

 「あらら、つたえちゃん。そんなお昼で持つの?」

 「当然です。潤、それ以上聞くとセクハラで訴えるわよ」

 むっとした顔でつたえが返事する。

Photo 栄喜陽潤:インシデントマネジャーの志路大河に引っ張られてCSIRTに加入。志路を神とあがめる。沖縄県出身。イケメン

 潤は独り言のように言う。

 「それはそうと、ここの食事はおかずがなくて物足りないなー」

 「おかず? そこにあるじゃない」

 つたえが不思議そうに言う。

 「ああ、こういうのは“おかず”じゃないよ。おかずっていうのは、その日によって違うけど、ごはんと一緒に食べるように、どっかりボリュームがあるんだ。大抵、沖縄では“おかず定食”というメニューがある」

 潤が当たり前のように言う。

 「おかず定食? 何ソレ? なんだか大阪のたこ焼き定食やうどん定食みたい。ひどい炭水化物地獄! ダイエットの大敵だわ」

 つたえが小食の理由を思わずバラした自分にも気付かずに突っ込む。

 「おおっと、それ、絶対に虎舞(とらぶる)さんには言うなよ。絶・対・にだ」

 潤は、自分の手のひらをつたえに向けて制止した。

 ――ああ、たこ焼き定食やうどん定食は大阪人に突っ込んではいけないんだ、とメイは思った。

 「ところで、潤は沖縄出身だっけ?どうしてこの会社に来たの?」

 つたえが聞く。

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